マヒハ(真鶸:まひわ):Siskin 031-1

トピックス;マヒハ『體が名をなす』『聞きなしは「ひゅん、ちゅん、ちゅん」若しくは「チュゥイーン、チュゥイーン」と聞こえるかも??』『今から約1010年前、「清少納言」さんの「随筆:枕草子」の鶯などと共に登場しています。』

和名「まひわ」:漢字で「真鶸」と書きますが「ほっそり小さな鳥で決して弱くはありません??また、この鳥を輪島塗で有名な金沢藩、能登半島の白米(しらよね)千枚田付近の海岸沿いで「春の渡り」を観ることができました


画像 いつも名付けを調べている昭和7年(1932)の冨山房発刊「大言海」では「ひは」の由来(再掲)は、『「ひは」:鶸は弱+鳥ノ合字、漢名「金翅雀:金色の羽のスズメ??」、鰯(いわし)モ弱魚ノ合字、ナリ。「弱」ハ與和志(よわし)の假名遣ナレバ、鶸モひよわきニテ比和ナリナド云フ人アレド、非ナリ。鰯(いわし)ハ脆(もろ)ク死スレバ弱しナリ。鶸は弱キニアラズ、其形ノ繊小(ヒハヤカ)ナル意ナル……等々』の漢字の構成とその意味の違を説明しており、具体的に鳥の説明として『ひはどりノ略、燕雀類ノ小鳥ノ名。雀ヨク全身青クシテ、黄バミアリ、柳ノ芽ニ似タリ、頭、背、頸、翅、黒色ヲ交フ、尾、脚、黒ク、腹、黄白ニシテ、觜、小サク、灰白ナリ。栗、稗ヲ食トス。秋来ル、能ク囀リテ、静滑ナリ、ひゅんちゅんちゅんト聞ユ。他名ニ對シテ、眞鶸(まひは)ト云フ、一名、唐鶸(からひは)、金翅雀 又、紅(べに)鶸、蓼(たで)鶸、河原鶸等アリ』とかなり詳細に記述していますが、昭和初期のため写真や挿図も付いていませんが、それなりに百科事典的な役割を果たしていたのでしょうね!如何??
画像  ところで、鳥専門図鑑の北隆舘(昭和22年)1947発刊、改訂増補「日本動物図鑑」では燕雀目の「スズメ科」に属していましたが現代は「アトリ科」です。この内容では『極メテ小形の種類ニシテ、翼・尾ニ黄色斑アルモ前種(こかわらひわ)程目立タズ、冬鳥ニシテ地方ニヨリ秋季大群ヲナシテ渡来シ、頭上ハ黒色、以下ノ背面ハ暗黄緑色ニシテ、黑褐色ノ軸斑ヲ有シ、腰及ビ上尾筒ニテハ褐色部幅廣シ、翼及ビ尾ハ黒色ニシテ雨覆羽ノノ先端ト風切羽の外縁トハ黄色ナリ、尾ハ基部及ビ内縁黄色ナリ、下面ハ地色黄色ニシテ、喉ニハ黒褐色斑ヲ有シ、脇ニハ大ナル黒色斑散在ス、腹部中央ハ白色ナリ、嘴ハ肉色ニシテ先端黑ク、脚ハ褐色ナリ、翼長74mm内外、嘴峰10mm、本種分布ハ廣ク欧州北部ヨリあじあノ北部及ビ中部地方ニ亘リ、冬季ニハあふりかニ迄至ル、樺太ヨリ沖縄迄分布シ、秋季本州ニ渡来スルモノ頗(スコブル)多シ』説明しています。このように西は「アフリカ」から東に「樺太」までの広範囲に棲息していますので「ワールドワイド」の野鳥といえます。

画像 加えて、清棲幸保(きよす ゆきやす)さん著、保育社発行「原色日本野鳥生態図鑑(山野の鳥編)昭和34年(1959)」p93ではその内容を『マヒワ毎年十月半ばごろになると、冬鳥として本邦にたくさん渡ってくる。初めは高山の亜高山帯の林に群れて針葉樹林の種子をついばんでいる。やがて高山に雪が降りはじめ、11月下旬ごろになると山麓に下がってその付近の林に棲むようになる。厳冬期になると、平地や海浜の松林に移って群れるものも多い、針葉樹の種子を特に好み、ハンノキやカバなどの種子も好物である。小群、大群で生活するのが常に、チュゥイーン、チュゥイーンと鳴きつつ飛翔する。北アルプスの高山では少数蕃殖するらしいが、まだ確認されていない。』と渡来時(初冬)の棲息状況を詳しく説明してあります。

 唐突ですが、この「鶸:ひは」のことを今から約1010年前の西暦998年(長徳4)に宮廷に10年ほど仕えていた「清少納言」さんが「随筆:枕草子六、鳥は〔四一段㈠に『鳥は……ほととぎす。くひな。鴫。都鳥。ひわ。いずれもおもしろい。……』と書き留めています。その内容は受験参考書、「文法解説枕草子」栄社発行の解説によれば、『筆者が興味深く思う「鳥」を列挙した段では、オウムは人語を真似る点や山鳥は寂しがりやでたえず友を求めて鳴く、鷺は妻を得ようとして争う点、オシドリは夫婦仲の良い点など人間の心に通じるものがあるとして興味を感じていると、また、作者の抱く興味の背景には、和歌や漢詩文などでその知識を有している』とも記述しています。
画像  このような「ヒハ」の例を観れば、現代でも観ることの出来る鳥の数種類は平安時代(約1000年)以前から和歌・隋筆等に題材として扱われています。現代でも毎年、秋終に暖地へ、春季には他の渡り鳥と同様に蕃殖地へ北帰行として戻り、「シッカリ」と自然の営みを繰り返して生きています。
 現代の本邦鳥図鑑での「マヒワ」などの「アトリ科」の種類で「アトリ、カワラヒワ、ウソ、オオマシコ、シメ」等の19種とされています。この科の鳥は時にして数万羽,或は数十万羽が集まるといわれています。
本邦での渡り鳥、特に冬季に暖地への途中への「ムクドリ・ヒヨドリ」は人里で一宿一飯の仮宿をとります。その時、安心安全を求め特に駅前等の街路樹に集まります。私達は邪魔鳥扱いにしたりしていますが都会人も少しの我慢が必要かも(カラスは別物ですが!)??
 初春には他の「渡り鳥」も同様に北帰行を新聞等のニュースで見聞きしますが、本邦での中山間地は既に圃場・人工林の整備が半世紀以上前に完了しており、彼らの好む草木の種、花の芽など本来の自然の餌は少ないと思われます。この鳥達の幸多かれと願うばかりです

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この記事へのコメント

美美
2012年05月31日 00:19
こんぱんは
大変お世話になっております。
ブログを御拝見させて頂きました。
そのブログの内容を見て、、私の考えと近いだと思います。
これからも時々お邪魔しますので、宜しくお願いします。
ご都合が宜しければ、弊社のサイトもいらっしゃいませ。
http://www.brandbag-jp.com/
以上、宜しくお願いします.

担当者:美美

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