シロハラホオジロ 雌「(白腹頬白)Tristram’s Bunting 063

トピックス;シロハラホオジロ『和名は色が名を表す』 『本州ではレア(余り観かけない)種かも??』 『學名にお人様の名前が付いています。』{ 『スイマセン!,Femaleさんです!!でもでも、オスは付近に居たかも?』

  美濃国から北北西230㎞の石川県輪島港から北方約50kmの舳倉島(へくらしま)でシロハラホオジロに出逢うことが出来ました。日本海では渡り鳥が気象状況・体力等??の都合で一時的に立寄ることの出来る離島は北から山形県の飛島、新潟県の栗島、本島及び山口県見島などが知られています。
画像  この舳倉島は石川県輪島市海士町(あままち)、能登半島、輪島港から北方海上48km(フェリーで片道90分)に位置(概ね北緯37度51分・東経136度55分)し、東西約1600m、南北約600mの長卵型を呈した総面積0.55k㎡(周囲約5km)の離島です。海抜は12.4mと平坦で舳倉島は国定公園に指定されており、一周1時間ほどで周ることができて鳥獣保護区にもなっています。
特に、北西側は特別保護区に指定された離島で疲れ切った旅鳥の休憩地でもあります。世界各国のバーダーが訪問してくれています。
この島の背後地が竹薮を控えた小道の中で休息したり、餌を求めている「シロハラホオジロの雌」に出逢いました。
画像  さて、いつも鳥の特長等を調べている第二次世界大戦後の昭和22年(1947)に出版された改訂増補「日本動物図鑑」の中には「シロハラホオジロ」の記載はありませんでした。しかし、小林桂助(明治41年:1906、神奈川県ご出身で実業家の傍らで在野の鳥類研究家)さん「原色日本鳥類図鑑:保育社(1956年初版」)P16で調べてみますと、その形態は『白色の頭央線と眉斑は顕著』、棲息地を『シベリヤ東部に分布し、冬季中國大陸や朝鮮半島に渡来する。日本にはまれに迷行するらしく、北海道(礼文島)・栃木県・石川県・長崎県(男女群島)・西表島などから少数記録されている。』と説明しています。
また、現代汎用鳥図鑑で調べてみますと『日本には数少ない旅鳥として渡来し、対馬、舳倉島などの日本海側の島でみられることが多い。』とあります。従って本種は本州にはなかなか立寄っていただけない鳥です。戦前までの鳥類棲息調査の対象地が日本海側の離島に及ばなかったと思われます。
この「雌」の部位特徴の説明記述は少なく『頭上黒かっ色で頭央線と眉斑は暗黄色、喉黄かっ色』のみの記述です。

画像  ちなみに、源学名はEmberiza Tristrami :エンベリザ トリストラム(Swinhoe)となっており, 第一學名はラテン語の“シシド”第二學名は“トリストラム”でイギリスの博物学者Henry Baker Tristram,(1822-1906) イギリス鳥学会発起人さんのお名前が付いています。名付け親のRobert Swinhoe(ロバート スインホウ)さんはイギリス出身の博物学者、外交官で台湾の領事を務めサンケイ(山鶏 : Swinhoe's Pheasant、)などの名付けがあり、アジア(台湾)の鳥類をヨーロッパにもたらしたお方とも云われています。
源學名に人名が付いているのは少なく、例として日本の「アオバト」の第二学名にはTreron Siebodiでお馴染のシーボルトさんの名前などがあります。

  さて、ここで美濃国「ながらの森」で観ることのできるホオジロ類や国家機関のWeb情報のお力をお借りして舳倉島の位置図等の画像をアップしておきます。
画像    話が逸れますが、昭和前半期の鳥類を知るために何時も頼りにしている改訂増補「日本動物図鑑:北隆館(1947年発行)」は本邦動物4,895種の内、鳥類編について552種の掲載があります。この鳥類の解説執筆者は、鷹司信輔(たかつかさ のぶすけ、1889-1959、2代目会頭)さんと、内田清之助さん(1884-1975、日本鳥学会を創立、3代目会頭)及び、古賀 忠道(7代目会長)さん、御三人が執筆しています。
この図鑑の調査対象区域は本土を中心としていますが、当時の沖縄・臺灣(たいわん)・朝鮮・樺太・千島・中国・南洋諸島群の近接外国緒地域に産する野鳥を掲載しています。
特に、この動物図鑑の注目するところは古賀さんが「野鳥」と云う概念を取り払って、現代でも動物園などで観ることの出来る27網72種(主に外国での野鳥の園禽種)をP1816~1840で解説しています。このお方は、それまで他になかった園長制度設立とともに上野動物園の前身上野恩賜公園動物園の初代園長(1937年に就任1903~1986:)になられたお人です。

画像  余談ですが、この鷹司信輔さんは日本、本来の公爵(華族)九条家系のお方で、貴族院議員、明治神宮司、鳥類学者。日本鳥学会会長。「鳥の公爵」と呼ばれていました。鳥類に関する著書も多数で、『鳥と暮して』(千歳書房昭和18年5月発行:1986年、「全集日本野鳥記7」、講談社で再刊)、『日本鳥類誌』、『飼ひ鳥』など著書があります。
 もっと、もっと余談ですが、華族制度は当然の如く現在ありませんが慶応三年(1867)の大政奉還にともなう明治4年(1871)の廃藩置県の断行、明治17年(1884)に「華族令」が制定され、旧藩主は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった貴族待遇を受けたそうです。 また、昭和22年度(1947)「日本動物図鑑」の発刊年(68年前)に華族制度が廃止されています。







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